俺の屍を越えていけ!!!

ミニマリスト×団体職員の筆者が人生の失敗や経験を書いて誰かの役に立ちたいブログ

ミニマリストになって「一生物」を持たなくなった話

購買意欲をそそる「一生物」というフレーズがあります。

「一生物」という魔法のキャッチコピーがあれば少々の高額な物であっても思わず買ってしまいたくなるというのは誰しも経験があるのではないでしょうか。

 

筆者は元々マキシマリスト+ファッションの蘊蓄オタクだった事があるので、この「一生物」という言葉がキラーワードでした笑

一生使えると考えたら一年で数千円の出費だから大丈夫!というガバガバ計算で買った一生物が沢山ありました。

 

ミニマリストになった今では「一生物」は一つも所有していません。(もしかしたら意識せず使い続けて結果的に一生物だった…と気づくことはあるかもしれませんが)

 

今回はミニマリストになった筆者がなぜ「一生物」を持たなくなったのかについて買いていきます。

 

結論から先に書くと「一生物として耐えうる物が圧倒的に少なく、維持費を考えると得策ではないと判断したから」です。

 

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ミニマリストになって「一生物」を持たなくなった話

 

 

1.一生物はほぼ存在しないと思う理由と例

 

「一生物」大好きだった筆者が特に惹かれたのは高級時計や高級靴でした。

貧乏サラリーマンでは考えられないほどの出費をしていましたがその当時は「一生使うから未来への投資だ」と真剣に思っていました。

ただ、実際に使い込んでみると一生物なのか?と感じ始めたのが正直な感想でした。

 

例①:高級靴

 

一生物がほぼ存在しないと気づいたのはミニマリストに目覚めて物を減らし一つ一つの物の使用頻度が高くなってからです。

 

例えば靴であれば最低限の使用方法として考えても1日履いて2日休ませてケアをして……ということになりますが、実際のこのローテーションで履いていくと造りがしっかりしている靴であっても想像以上に靴は消耗し劣化が目立つようになり美観が損なわれます。

アッパーの傷や皺、インソックの擦れや汗染み、ソールの摩耗など挙げればキリがありません。

もちろん部分的な補修やソールの張り替えも可能ですが費用はバカになりませんし、ソールの張り替えは3回が限度です。

 

 

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いくら一生物として10万円以上の靴を揃えたとしても頻度が高ければ一生履けるわけではないんだな…と気づき始めました。

 

一生物として「20年以上愛用」と紹介しているアパレルの方の私物を拝見しても綺麗なものが多く、そういった方は膨大な量の靴を所有していて履き回しているため一生使用できる状態になっていると考えるのが自然です。

そう考えると高級な靴であっても安い靴であっても同じで、膨大な量があれば安い靴でも一生物になるのでは?と感じ、一生物というものはほぼ存在しないんだな…と気づきました。

 

もし基準を設けるとするなら所有している年数ではなく着用時間や頻度から耐久性を考えるべきだと思います。

 

 

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例②:高級時計

例外的に工業製品であれば一生修理し続けることは不可能ではないです。

 

腕時計などは一生物の代表格でメーカー自ら「永久修理保証」を謳っているところもあります。

正直とてもロマンがあって好きなのですが、実情を見てみると時計を数ヶ月間スイスに送った上で壊れたパーツを一から作成して莫大な時間と費用がかかってしまったり、現在の基準に合わせたパーツに交換されてしまい購入当時の面影がなくなってしまったり…というのがほとんどです。

 

100年後も直すことができたとしても、新しい時計が買えてしまうような金額を払って直して使い続けるのはごく少数ですし実用向きではありません。

 

筆者も製造から50年近く経過した古い時計を親族から頂きましたが、メーカー修理はもちろん受け付けてもらえずメーカー以外の街の時計屋さんに修理を依頼することになりました。

結果的に当時のパーツが豊富に流通していたため修理自体は可能でしたが使用することができても防水性の面では新品同様にはならないので雨や汗、手洗いの際に気を使うことになってしまいます。

 

形見としては意味がありますが純粋な道具としては意味を持たないようにも思います。

 

50年程度の経過でこのような状態であることを考えると腕時計であっても一生物として考えると現実的ではないのかなと考えます。

 

ただ、最近の腕時計は工作精度が向上して一昔前とは比べものにならないくらい堅牢性や剛性感があり、セラミックなど劣化の少ない素材が使われているため、もしかするとこの先100年くらいは内部の部品やパッキンの交換で使用し続けることは不可能ではないかもしれません。

特にロレックスはステンレスの傷取りの研磨痩せまで考慮してボリュームのあるケースを採用していると思われるので、今よりも数十年後の方がカッコよくなって一生使える可能性はあると思っています。

 

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2.一生物を持たない気軽さ

 

ここまでは一生物なんて無理だという視点で書いていきましたが、筆者は「ケアをして直して使い続ける」というのは好きです。

 

例に挙げた時計や靴を考えても修理しながら使っているものばかりなので、修理費用が本体価格を上回っているということもザラです。

ただ、一生物はないという考え方を持つようになってから道具として割り切って使うことができるようになったので精神衛生上楽になりました。

それまではできるだけ綺麗な環境でしか履かなかったカントリーシューズはガンガン泥や水溜りに突入しますし、鞄が雨に濡れてもへっちゃらになりました。

その後にきちんとケアするという事が前提ですが、ハードに扱っても数年間はしっかりと働いてくれる物が多いので感謝しながら割り切って買い換える事ができます。

 

一生同じ物を使い続けるのではなく、「自分が今必要としている物を見極めて使い倒してライフスタイルの変化に合わせてアップデートしていく」というサイクルの方がライフスタイルの変化や好みの変化を考えても効率が良いように感じています。

 

3.今回の屍ポイント

今回は「一生物」を持たなくなった話について書いてきました。

まとめると

  • 一生使うには耐久性や維持の面で非現実的
  • 使用頻度を下げれば可能かも
  • 現行の時計に関しては現実味が無くはない
  • あえて一生物を持たないと楽
  • アップデートしていく考え方もある

となります。

 

筆者は10代の頃から何故か一生物を集めていました。生き急いでいたのか単純に頭が悪かっただけかもしれませんが、諸々手放してしまい今では一生物として意識して所有している物はありません。

 

一生同じスタイルを継続するのも正直かっこいいと思いますが、スタイルを持ちながらもライフスタイルに合わせてアップデートされていくというのもかっこいいよなと考えている次第です。

 

もしかすると普遍的なボールペンなんかはリフィルが製造され続けて一生使うようになるのかもしれませんが。

何となく使ってたものが結果的に一生物になるのが理想なのかもしれませんね。

 

誰かの何かのお役に立てれば幸いです。